2026年7月22日


はじめに
重症筋無力症(Myasthenia Gravis:MG)と診断された患者さんとご家族の皆様へ。この病気について正しく理解し、適切な治療を受けながら日常生活を送るために必要な情報をわかりやすくお伝えします。
1. 重症筋無力症とは何か?
病気のメカニズム
重症筋無力症は、脳からの指令が筋肉に伝わりにくくなる病気です。私たちの筋肉は、脳からの指令によって動いています。脳からの指令は神経を通って筋肉に伝えられますが、その神経と筋肉をつなぐ重要な部分を「神経筋接合部(NMJ:Neuromuscular Junction)」と呼びます。
【図1:正常な神経筋接合部とMGでの変化】
正常時:脳 → 神経 → アセチルコリン(ACh) → アセチルコリン受容体(AChR) → 筋肉収縮
MG時:脳 → 神経 → アセチルコリン(ACh) ×IgG自己抗体による阻害× → 筋肉収縮困難
正常な状態では、神経の末端からアセチルコリン(ACh)という神経伝達物質が放出され、筋肉側のアセチルコリン受容体(AChR)に結合することで、脳からの「動け」という信号が筋肉に伝わります。
しかし、MGの患者さんでは、IgG自己抗体という異常な抗体が神経筋接合部に存在し、アセチルコリンがアセチルコリン受容体に結合するのを阻害してしまいます。その結果、脳からの指令が筋肉にうまく伝わらず、筋肉に力が入りにくくなるのです。
IgGとIgG自己抗体の違い

胎児性Fc受容体(FcRn)によるリサイクリングメカニズム
【図2:FcRnによるIgG自己抗体のリサイクリング】
❶ IgG自己抗体がFcRnと結合
↓
❷ FcRnと結合できないIgGはリソソームで分解
↓
❸ FcRnと結合したIgG自己抗体は分解を免れる
↓
❹ IgG自己抗体が再び血中に放出(リサイクル)
↓
結果:MG症状の持続
胎児性Fc受容体(FcRn)という受容体が、この有害なIgG自己抗体をリサイクル(再利用)して血中濃度を維持するため、症状が持続してしまいます。
2. 疫学データ:どのくらいの方が患っているのか?
【表1:重症筋無力症の疫学データ(2018年全国疫学調査)】

この数値から分かるように、重症筋無力症は決して珍しい病気ではなく、適切な診断と治療を受けることで、多くの患者さんが日常生活を送ることができています。
3. 症状について
主な症状
重症筋無力症の主な症状は、筋力の低下と疲れやすさです。症状は全身に現れ、以下のような特徴があります:
【MGの全身症状】
頭部・顔面:
• まぶたが下がる(眼瞼下垂)
• ものが二重に見える(複視)
• まぶしい
• 頭の重さに耐えられない
• 話しにくい、ろれつが回らない、鼻声
• 表情がぎこちない
嚥下・咀嚼:
• 飲み込めない、むせる
• 噛む力がない
全身:
• 身体が重い、だるい
• 手足に力が入らない
• 歩きづらい、転びやすい
目の症状だけがあるタイプを「眼筋型MG」、目の症状だけでなく全身の筋肉に及ぶものを「全身型MG」といいます。
症状の特徴的な変動パターン:
日内変動:朝よりも夕方に症状が悪化する傾向
運動による悪化:筋肉を使うと症状が悪化
休息による改善:休むと症状が軽減
重要な合併症:クリーゼについて
クリーゼとは、感染症やケガ、過労などがきっかけで急激に筋力が低下し、呼吸困難になる危険な状態です。この場合は緊急の医療処置が必要となりますので、呼吸が苦しくなった場合は直ちに救急医療機関を受診してください。
4. 診断について
MG-ADLスケール
症状の程度を客観的に評価するために、MG-ADL(Myasthenia Gravis Activities of Daily Living)スケールという指標が使用されます。
【表2:MG-ADLスケール】

合計点数:0~24点(点数が高いほど症状が重い)
このスケールにより、治療効果の判定や症状の経時的変化を客観的に評価することができます。
5. 治療法について
治療目標
【MGの治療目標】
治療目標:
1. QOL(生活の質)やメンタルヘルスの良い状態を保つ
2. 「経口ステロイド1日5mg以下で、軽微な筋力低下は存在するが、
日常生活には支障がない状態」(MM-5mg)を早期に達成
3. 生活に支障を生じる症状は、なるべく短期間に改善させる
現状では、専門家の報告によると、MM-5mgを達成していない患者さんが40%程度いるとされています。
MGの症状発現機序と治療のターゲット
【MGの症状発現機序と治療法】
❶ 胸腺などのリンパ組織で免疫のバランスが崩れる
↓ 【治療】胸腺摘除術
❷ 免疫細胞の働きが活発に
T細胞 → B細胞 → 形質細胞
↓ 【治療】ステロイド・免疫抑制薬
❸ IgG自己抗体が作られる
↓ 【治療】血漿浄化療法、IVIg療法
❹ IgG自己抗体がNMJの働きを阻害(補体活性化を含む)
↓ 【治療】抗補体C5モノクローナル抗体、抗コリンエステラーゼ薬
❺ FcRnによるIgG自己抗体のリサイクル
↓ 【治療】抗FcRn抗体フラグメント製剤
具体的な治療法
重症筋無力症の治療では、早期から免疫治療を行い、長期的に服用する薬はできるだけ少なくすることが推奨されています。
【表3:MGの主な治療法】

6. 患者さんのマイゴール(治療目標)例
30代女性(病歴9年)主婦・家族3人暮らし
疲れやすさから子供と一緒に遊べなくなった。夕方には症状が悪化しやすいので、長時間の外出を控えるようにしている。
マイゴール:子供と遠出をして一緒に遊び、いろいろな経験をすること
40代女性(病歴5年)パート勤務・ひとり暮らし
入院や通院が多いため、正社員からパートタイムとなった。愛犬の散歩が難しいので、実家に預けていてさみしい。
マイゴール:以前のようにフルタイムで働くこと、愛犬と毎日散歩すること
50代男性(病歴10年)会社員・夫婦ふたり暮らし
なかなか症状が安定せず、薬の量や入院の回数を増やしてコントロールしている。この状態では先の予定が立てられず、趣味の旅行にも出かけられない。
マイゴール:妻とドライブで北海道一周旅行をすること
その他のマイゴール例:
カラオケの趣味仲間と、またカラオケを思い切り楽しみたい
おいしいレストランめぐりをしたい
おしゃれをしてショッピングに出かけたい
夏休みと正月に会える孫とキャッチボールをしたい
7. 日常生活での注意点とコツ
感染症対策:
• 手洗い・うがいをこまめに
• 人混みを避ける
• 予防接種を適切に受ける
運動・活動:
• ストレッチやウォーキングなど軽い運動
• 症状出現時は無理をしない
• 十分な休息を取る
食事の工夫:
• 噛む力が弱い時:食材を小さく、柔らかく調理
• お箸が使いにくい時:スプーンやフォークを使用
• 十分な栄養摂取を心がける
生活環境の工夫:
• よく使う物は目の高さの棚に配置
• 服は前開きのものを選択
• 重い物は下に置かない
生活環境の工夫:
• よく使う物は目の高さの棚に配置
• 服は前開きのものを選択
• 重い物は下に置かない
基本的な生活上の注意
体調管理:症状が出ている時は無理をしない、十分な休息を取る、ストレスを避ける
感染症対策:手洗い・うがいをこまめに行う、人混みを避ける、予防接種を適切に受ける
適度な運動:体力維持やストレス解消のため、ストレッチやウォーキングなど軽い運動を心がける
8. 症状悪化の要因と対策
【表4:症状悪化要因と対策】

9. 公的支援制度について
重症筋無力症は指定難病に指定されており、以下のような公的支援制度を利用することができます:
【利用可能な公的支援制度】
経済的支援:
• 特定医療費(指定難病)助成制度
• 高額療養費制度
• 医療費控除
生活支援:
• 身体障害者手帳の取得
• 介護保険サービス
• 日常生活用具給付事業
就労支援:
• 障害者雇用制度
• 就労移行支援事業
• 職業リハビリテーション
これらの制度については、主治医や医療ソーシャルワーカーにご相談ください。
10. まとめ・コメント
重症筋無力症は確かに慢性的な疾患ですが、適切な診断と治療により、多くの患者さんが良好な生活を送ることができる病気です。根治的な治療は今のところ確立されておりませんが、対症療法で日常生活に支障がないレベルのコントロールを行い、社会生活など問題なく過ごせる方も多くいらっしゃいます。
朝は良いが夕方になると力が入りにくい、まぶたが下がる、物が二重にみえるなどの症状がある場合には重症筋無力症の可能性があります。抗体検査は採血で当院でも行えますので一度受診をご検討ください。
11. 参考文献
本記事は以下の資料を基に作成されました:
1. 全身型重症筋無力症と診断された方へ(JP-VJP-22-00228、2022年5月作成)
監修:国際医療福祉大学 医学部 脳神経内科学 主任教授 村井弘之先生
アルジェニクスジャパン発行
2. 難病情報センター https://www.nanbyou.or.jp/ (2022年4月時点)
3. 「重症筋無力症診療ガイドライン」作成委員会編. 重症筋無力症診療ガイドライン2014. 南江堂. 2014.
4. 重症筋無力症の情報サイト(アルジェニクスジャパン): https://mg-united.jp/
5. 医療情報科学研究所編. 病気がみえる vol.7 脳・神経 第2版. メディックメディア. 2017.
6. 各種研究論文:Gilhus NE, et al.: Nat Rev Neurol. 2016;12(5):259-268
・Koneczny I, Herbst R. Cells. 2019;8(7):671
・Howard JF Jr, et al.: Lancet Neurol. 2021;20(7):526-536
・Ward ES, Ober RJ. Trends Pharmacol Sci. 2018;39(10):892-904
・Utsugisawa K, et al.: Muscle Nerve. 2017; 55(6): 794‒801
・Ozawa Y, et al.: J Neurol. 2021; 268(10): 3781-3788
・Wolfe GI, et al.: Neurology. 1999; 52(7): 1487-1489
・Guptill JT et al.: Neurotherapeutics. 2016;13(1):118-131
本記事は医学的情報を提供するものであり、個別の診断や治療に代わるものではありません。症状や治療に関するご質問は、必ず主治医にご相談ください。
12. 監修医師紹介
大阪頭痛脳神経クリニック
猪股 拓海 Takumi Inomata
◎資格・所属学会
日本内科学会 内科専門医
日本頭痛学会 頭痛専門医
日本神経学会 脳神経内科専門医
◎専門分野
脳神経内科
略歴
2018年
秋田大学医学部医学科 卒業
市立秋田総合病院 初期臨床研究プログラム
2020年
市立秋田総合病院 脳神経内科
2022年
国立病院機構 あきた病院 脳神経内科
2023年
市立秋田総合病院 脳神経内科
2025年
天王寺だい脳神経外科
2026年
大阪頭痛脳神経クリニック
天王寺だい脳神経外科
山田 大 Dai Yamada
◎資格・所属学会
日本脳神経外科学会 専門医
身体福祉障害者指定医
難病指定医
日本脳神経外科コングレス
日本頭痛学会
日本脳卒中学会
日本認知症学会
日本頭痛学会 頭痛専門医
◎専門分野
頭痛の治療
認知症の治療
首、腰の病気、しびれ
血管の病気
めまい、たちくらみ
てんかん
高血圧、高脂血症、糖尿病
リハビリテーション
略 歴
2013年
近畿大学医学部医学科 卒業
高砂市民病院 初期研修医 内科、外科、製鉄記念広畑病院 救急科
2015年
医療法人寿会 富永病院 脳神経外科
2018年
医療法人寿会 福島県 総合南東北病院 脳神経外科
2019年
医療法人寿会 富永病院 脳神経外科
2021年12月
医療法人寿会 富永病院 退職
2022年2月
天王寺だい脳神経外科 開院
13. 基本情報
大阪頭痛脳神経クリニック

・住所 : 大阪市北区茶屋町6-6 TATSUMI茶屋町Bld.
・TEL : 06-6459-7268
・FAX : 06-6459-7269
・休診日 : 火曜・祝日
・アクセス
阪急線【大阪梅田駅】2番出入口から徒歩3分
JR線【大阪駅】御堂筋北口出入口から徒歩8分
大阪メトロ御堂筋線【梅田駅】5番出入口から徒歩6分
大阪メトロ谷町線【中崎町】4番出入口から徒歩6分
